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ゴマ鉄丼

ロサンゼルスから1年半ぶりに帰国した33歳男のブログです。趣味は一人旅で、思い入れが強いのはロサンゼルスとアフリカ。初心者ブロガーですが、観光地ではないディープでブラックなロサンゼルスや、これまでの旅の思い出を振り返ったりしていきます。みなさんの旅のヒントになれば本望です。

【東アフリカ⑭】搭乗予定機が遅延 ハラレ空港で立ち往生する(ハラレ→)

東アフリカ アフリカ

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眠気眼で起床したのは3:20AM。シャワーを浴びて目を覚まし、4AM過ぎにホテルをチェックアウトしました。

 

高かったですが、ホテルの玄関で待っていたタクシーに乗り込み空港へ(Harare International Airport)。あっという間の4:30AM着。空港内は職員しかいないし、そもそもみんな気持ちよさそうに眠っています。

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5AM。荷物を抱えた人たちがチラホラと空港に姿を現します。白人の姿も。

南アフリカ航空を利用するようです。

 

僕が今日利用するのはザンビアのザンベジ航空(Zambezi Airlines)なのですが、気がかりなのが「Departure」の掲示板にザンベジ航空が載っていないこと。

ふと、「4年前に乗ったイエメン航空でもこんなことがあったなぁ」と思い出しました。

 

一応職員に確認すると「大丈夫」の一言。

でも外が明るくなった6:30AM頃、衝撃の事実が告げられます。「ザンビアルサカ行きの便は遅延だ」と。ゲー。僕は今日ルサカで乗り換えてダル・エス・サラームへ行かなければならないのに。。

 

聞けば遅延の飛行機はルサカ→ダル・エス・サラーム間とのこと。それなら荷物は預けられるな、と思った僕。でも油断はできません。

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他の乗客も困惑した様子。インド系のオジサンは職員に向かって罵詈雑言を浴びせています。まぁたしかに早起きしてきたのにこれじゃあやりきれません。

 

とりあえず腹が減ってきたのでLay'sを買うことに。USD5を渡すと、汚いUSD2が返ってきました。

ただ、せめてものお詫びなのか、朝食が食べられることになりました。

 

食後、ベンチでボーっとしていると、少女が近づいてきて「写真を撮ってもいい?」と訊いてきたのでOKしました。東洋人が珍しいのでしょうか。

 

10:30AM。ようやくチェックイン開始。僕のバックパックとはダル・エス・サラームで再会することに。さて、出国を済ませてゲート内に入ると、中国人の人・人・人!

さっきこんなにいたっけな。

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大きな声で喋り、お行儀悪く座る彼ら。正直彼らと一緒にされたくなかったので、少し離れたところに座りました。

 

免税店を冷やかしてから航空機に向かうバスに乗り込みます。ちょこんと滑走路に停まっているのはプロペラ機が見えます。どうやらこれのようです。Royal AIrという会社のチャーター機で、機内に入る時「自由席よ」と言われました。

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12時離陸と聞いていましたが、その45分前に出発。小型機のため揺れが大きくなり、少しグロッキーになりそうです。

上空から見たジンバブエは、畑と山ばかりで農業国だということが判りました。

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機内サービスはアメ1個。それを舐め終わる頃に機体を傾け始めました。

12PM。3日ぶりにルサカに返ってきました。

 

このままサッとダル・エス・サラームへ行けるといいのだけど。。

 

⑮へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ⑬】ジンバブエの首都をブラブラ 汚れた米ドルに閉口する(ハラレ)

東アフリカ アフリカ

再び独りになった僕。緊張というか、警戒しながらハラレの街を歩き始めます。

 

ダル・エス・サラームと違うのは、白人はおろかインド系も皆無なこと。でもネクタイを締めたビジネスマンとたまにすれ違います。

 

どこから見ても僕は旅行者だし、地元の人ではないのは火を見るよりも明らかですが、それでも街中でどうどうと地図を広げる気にはなれません。「おれこの道知ってるもんね」という表情で歩きつづけます。

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行きついたのはEast Gateというショッピングモール。ただ、全く面白くないのですぐに出ることに。

 

僕は基本的に街中を散歩しているだけで楽しめるのですが、それでも目的地無しでは面白くない。と思っていたら、Sparの看板を発見。北上します。

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スーパーではどんな商品があるかをなんとなく見ていました。南アフリカ産が多く、中国人っぽい買い物客を見かけました。

ここではバナナ、りんご、ヨーグルト、ミニッツメイドを購入。USD10ちょいだったので、USD11を渡すとレシートに何かを書かれました。「〇〇セント(?)の貸し」ということのようです。

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つづいてショナの彫刻が見られるギャラリーへ移動。

 

ふと見かけた、街中でテレホンカードを売る男性が握っていた米ドル札がすごく汚れていて印象的でした。たしかに新札が出回ることが無いわけだし、僕が成田空港で手に入れた新札をどこかで差し出した時は「偽札か?」とチェックされました。

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さて、このギャラリーには値札がついており、僕はどうしてもそっちに目がいってしまいました。土産コーナーを冷やかした後は庭に出ます。ここは都会のオアシスと呼べそうな雰囲気で、どの作品も素晴らしかったです。

 

そうそう、しょぼそうな自動車学校も見かけました。みんなあんなに荒い運転をしているのに、こんなビジネスもあるのね、と思った瞬間でした。

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ホテルに戻ったら軽いトラブル。ルームキーが反応しません。フロントへ行き有効にしてもらいました。でも今度は中の鍵のフックがうまくハマってしまいドアが開きません。そこで、近くにいたハウスキーピングの女性に助けを求めると、フロントへ電話してくれました。5分後、ドライバー1本を持ったハンディマンが来てくれて開けてくれました。思わず二人で顔を合わせて苦笑い。

 

夜、プールサイドに座っていると黒人男性が来て「(カメラで)おれを撮れ」と言ってきました。「あとで消せばいいか」とOK。すると色々ペチャクチャと話し始めました。しまいには「ジンバブエで採鉱ビジネスをやろうぜ」とか。「正気かよ。自己紹介すらしていないのに」と思い、適当にかわして逆にジンバブエのことを訊きました。

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結局ダグラス氏は「1兆ジンバブエドル」を持ってきてくれませんでした。

ちょっと期待していただけに残念です。

 

明日は3:30AM起きでダル・エス・サラームへ飛びます。

⑭へつづく。

【東アフリカ⑫】立ち寄った会社のオフィスで 歓迎を受ける(ハラレ)

東アフリカ アフリカ

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12AM。なぜかアラームが鳴ったので目が覚めてしまいました。

無理やり眠って次に目覚めたのは5AM。部屋が乾燥していて口の中が気持ち悪かったです。

 

そのまま起床。風呂に入ろうとバスルームへ行くもお湯が出ない。。さらに水が茶色い!f:id:k2thaei:20170125231735j:plain

水をそのまま何分も出しっぱなしにしていても茶色いまま。水道本管が錆びているのでしょうか。

そういえば昨日、この水で沸かした紅茶を飲んでしまった。。ゲー。

顔を洗っても銅の臭いがします。

 

気分を変えて今日一日の計画を建てます。で、Lonely Planetの地図の部分を切り取って出発。

ハラレはなんだかヨハネスブルグみたい。高い建物が多いのですが、街の色が茶色いというか古臭い印象。まぁ一人で歩けるだけヨハネスよりだいぶマシです。

 

昨日、バスの中から当時働いていた物流会社のジンバブエオフィスを見かけたので、覗いてみることにしました。もちろんアポ無し。

 

名刺を見せると、10人ほどの従業員がせっせと働くサービスセンターの長、ダグラス氏が歓迎してくれました。さっそく壁にロバート・ムガベ大統領の写真を発見。

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ジンバブエから国外への荷物は、すべて南アフリカヨハネスブルグを経由するそう。南アやイギリス行きが多いのだとか。

 

ダグラス氏は業務中にもかかわらず、僕を外へ連れ出してくれました。

銀行へ寄った後、彼の家へ。お母さんがいましたが、僕がいるため英語で会話してくれました。ここでは朝食としてフーフ、魚、ソーセージをごちそうになりました。

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次に訪れたフリーマーケットでは、お土産をいくつか購入。ここは街中ではほとんど見かけなかった白人が多かったです。国内では少数派のヨーロッパ系ジンバブエ人のようです。

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僕はジンバブエドルが欲しくて探しましたが、見つかりませんでした。

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オフィスに戻る車内で、ダグラス氏はこんなことを話していました。

「外国のメディアは偏向報道が酷い。ジンバブエ識字率は高いし、ストリートは夜歩けるくらい安全だ。銃声なんて聞こえてこないよ。エコノミーがダウンする前は、女性は1人で5人は産んでいたけど、今は2~3人かな」

 

オフィスに戻ったところで僕は写真を撮られ、ここで初めて社員かどうか会社のイントラネットで検索されました。

 

正午近くになったので、お礼を言って出発。気になっていたジンバブエドルのことを話すと、「後でホテルへ持って行ってあげるよ」とダグラス氏。

やったー!これはうれしいので「ぜひ」とお願いしました。

 

⑬へつづく。

 

【地図】※ホリディ・イン・ハラレです

 

【東アフリカ⑪】米ドルが流通する国 ジンバブエの首都に降り立つ(ハラレ)

東アフリカ アフリカ

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ジンバブエはずっと行ってみたかった国でした。

 

観光地としてビクトリアの滝(Victoria's Fall)が有名ですが、僕はそれ以上に国の状態や、独裁者といわれるロバート・ムガベ大統領が招いたハイパーインフレに興味がありました。

2年前に南アフリカへ行った時もジンバブエは旅先の候補地でしたが、一週間という限られた旅程ではゆっくり見られないと思い、当時はモザンビークを選びました。

 

さて、そのジンバブエに入国後、林の中に4頭のシマウマを見つけました。思わず起き上がり、もう一度窓の外を見てみましたが既に影はありませんでした。

 

それにしても僕はもう24時間何も食べていません。食欲が出てきたので、ハラレ(Harare)に着いたら食べ放題へ行こうと決意。体調が戻ってきました。

 

日本では、ハイパーインフレが引き起こした弊害として物資不足が指摘されていましたが、道中で見かけた小さな町中の商店にも商品は並んでいました。

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到着予定の2PMから遅れること4PM、バスは首都ハラレに入りました。

 

前の席のオジサンが、「(僕が泊まる)ホリディ・インの前で停まるように言ってやる」と言ってくれたのに、あとで「俺がUSD3でホテルまで案内してやる」と言ってきたので丁重に断りました。

 

ジンバブエ国内では米ドルが流通しています。1兆ジンバブエドルなるものが発行されたくらいですから、外貨であっても、米ドルのような安定した通貨のほうが信頼されるのです。

 

いよいよホテルが見えてきました。うるさかったオバチャンたちが「ジャパニーズ、あれよ」とホテルを指さしてくれたので、僕は苦笑いで「OK」と返事をしました。

 

降り立ったジンバブエの首都ハラレは人が多い。そして汚い。

 

バスターミナルから北上すること5分、Holiday Inn Harareに到着しました。

早速レセプションで名前を告げるも、「予約リストに名前が無いわよ」と言われました。「そんなはずはない。Expediaで予約完了した」と言い返す僕。

 

隣のリザベーションへ行け、というので従います。

事情を説明し、インターネットでメールの確認画面を見せても状況は変わらず。

二重払いなど絶対にイヤでしたが、日本へ連絡も取れないのでとりあえずクレジットカードで払い、後日Expediaへ文句を言うことにしました。

ジンバブエでクレジットカードを使うのはかなり抵抗がありましたが、しかたがない。。

 

505号室を割り当てられた僕。

なんだかホテル自体も部屋も古臭い。ナイジェリアのラゴスで泊まったホテルはよかったなぁ、なんて思いながらも、シャワーを浴びてさっぱり。

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日没後、暗くなりましたが街を歩いてみることに。ダル・エス・サラームやルサカと比べてやや近代的ですが、人も車もとにかく多かったです。

それにしても、初めて歩く町はいつも緊張感があります。

15分ほど歩いて引き返すことにしました。

帰り道、ミニマートとファストフード店をチェックすると、やはり米ドル払いのようです。

ガソリンスタンドで車が行列をつくっていたのが印象的でした。

 

ホテルに戻り、予定通りビュッフェへ。僕が最初の客のようです。

南部アフリカの料理が中心で、サラダを多く食べました。ウガリや牛の内臓、葉っぱ、そして昆虫も食べてみました。無味。ちなみにUSD20でした。

チップとしてUSD1をテーブルに置き、会計へ。

 

飲み物代としてUSD8(!)を請求されたのでUSD10を差し出すと、「お釣りがないのでここにサインを」と言われました。一瞬「?」となりましたが、「あー。そういうことか。ジンバブエで流通している米ドルの枚数に限りがあるのか。。これは小銭が多く必要だ」と思った瞬間でした。ちなみに米ドルの補助通貨であるセントはジンバブエ国内に出回っていません。

 

食後は1Fのインターネットコーナーでメールをチェック。

その後部屋に戻り、風呂に漬かってから洗濯しました。明日はハラレの街をゆっくり歩いてみます。

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⑫へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ⑩】国境で長時間待機も ジンバブエに無事入国(ルサカ→)

東アフリカ アフリカ

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3AM。目覚まし時計が鳴りました。眠い目をこすりながら身体を起こします。

大きなあくびをしてゴソゴソ荷造りをしていると、猫が足元にやってきて驚きました。

 

3:30AM、滞在時間わずか6時間弱の宿を出発。門番を起こしてゲートを開けてもらい、タクシーを拾いました。バスターミナルに着くと早速バスを発見。

どうやらダル・エス・サラームから南アフリカヨハネスブルグまで行くバスに便乗するようです。

 

既に車内はカオス状態。周りから「ニーハオ」とか言われますが、無視して席を確保します。正直、早朝から見知らぬ黒人たちに囲まれるのはあまり気が休まりません。

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小一時間後の5AM、ジンバブエのハラレ経由ヨハネスブルグ行きのバスが動き始めました。

夜が明けてきて太陽が東の空から昇ってきたとき、空が真っ赤になりとてもキレイでした。ルサカには高い建物が皆無なので余計に美しく見えた気がします。

ザンビアの首都は全く観光できませんでしたが、どことなく清潔感を感じる街でした。

 

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7AM。ザンビアジンバブエの国境に到着しました。出国は一瞬で終わりました。が、ジンバブエ入国がチンタラ遅いのです。勤め先などを聞かれましたが、西アフリカの各国のように袖の下を要求されることはありませんでした。それにしてもこの国境、野猿がとても多い。

 

僕のバックパックを乗せたバスが見当たらず心配でしたが、外に出ると緑色のバスはしっかり停車していてひと安心。どうやら荷物のチェックをしている様子。近くにいた若者に尋ねると「旅行者ならいいんじゃないの」とのこと。タンザニア人のエマニュエル。南アフリカに住む兄弟のところへ行くのだとか。

 

9AM。10AMと時間が過ぎて行きますが、一向にバスが出発する気配は無し。今回の旅は移動ばかりだけど、それで一日つぶれてしまうのはもったいないなぁ。

学生の貧乏旅行ではないし、移動はケチらないほうがいいな、と思った瞬間でした。

 

さて、車内ではチラホラ英語が聞こえてきます。前列に陣取るオバチャンたちと男たちがモザンビークの警察に対して怒っていました。僕にも話かけてくれたので、少し会話に混ぜてもらいました。

 

いよいよ11AM。一度バスの外へ出されパスポートをチェック。で、やっと出発です。

さぁジンバブエだ。

 

⑪へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ⑨】乗り合いバスに振り回されるも 無事ザンビアの首都に到着(ルサカ)

東アフリカ アフリカ

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タンザニアの首都ダル・エス・サラームを出発して48時間後、列車はようやくザンビアの地方都市カピリ・ムポシ(Kapiri Mposhi)に到着しました。

 

駅に着いても乗客は慌てておりません。みんな「やれやれ。やっと着いたか」といった表情をしています。

改札で切符が回収されましたが、無賃乗車が多いのかも。

 

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残念だったのは、48時間という長い時間を一緒に過ごしたムレンガ氏に挨拶できなかったこと。

 

さて、駅前で乗客を捕まえようと待ち構えているのは、首都ルサカ(Lusaka)行きを始めとする各地への乗り合いバスorタクシーです。

白人はおろか旅行者など僕くらいしかいないのか、あっという間に「どこへ行く?」「おれの車に乗れ」「安くするぞ」と囲まれてしまいました。

 

ボロいバスがルサカへ行くというので、50000クワチャを40000クワチャにまけさせて乗車&待機。ちなみにザンビアも英語が公用語なので、コミュニケーションは楽です。

 

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やはり満員になるまで出発しない様子。体調が悪い僕は、窓の外で必死になって乗客を捕まえようとしている運転手をなんとなく目で追っていました。

 

バスが動き始めたのは5:10PM。「首都までは2時間くらいだったっけ。そうしたら7:30PMには着くかな」と思っていたら、早速広いバス乗り場でストップ。

ここでしばらく停車したと思ったら、さらに小さいバスへ移動させられました。

 

しかもこのバスへどんどん人を詰め込むので、すぐに足とお尻が痛くなってしまいました。

とにかく人を拾うべくすぐに停まるし、そもそも体調は悪いしで、僕はだんだんイライラしてきました。ハイエースくらいの車に20人も詰め込むなよ。

 

90分ほど南へ走り、太陽が沈んで暗くなりました。ようやく近くの町に着きましたが、ここでもバス、もといハイエースは頻繁に停まります。

 

すると若者数人が僕のところへ来て「こっちで行かないか?」と訊いてきました。

 

さっき払った40000クワチャにさらに35000クワチャを払うのは嫌でしたが、座り心地が悪すぎるし、何よりこのままのペースだと何時に着くか分からないのでOKしました。窓から彼らに僕のバックパックを渡し、僕も窓からひょいと降りました。

 

乗り移った車内にいたのは、品の良さげなドライバー、紳士フランシス、ナイジェリア生まれでザンビア育ちの、たしかファベイラの3人。

最初は会話に参加していましたが、僕はぐったり気味なので途中から目を閉じました。

 

少し眠ることができて、9PM頃ルサカ市内に入りました。暗くてよく分かりませんが、なんだかアメリカの郊外の町のよう。

 

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さて、僕はガイドブックを見せてどうにか住宅地内にあるホステル、Lusaka Backpackersに到着。あー、よかった。それじゃあバイバイ、と降りようとしたら「20000クワチャ多く払え」ときました。「約束が違うだろ。そもそも金がないよ」と言い返すと「OK」。道中優しくしてもらったのに、後味が悪いなぁ。。

 

チェックイン時にUSD12を払い、ベッドを確保。明日のジンバブエ・ハラレ行きのバスの時間を確認して3日ぶりのシャワーを浴びました。

とにかく髪の毛がゴワゴワで、指に髪の毛が絡まるほど。。

さっぱりして眠ることに。もう10:30PMですが、明日は3:00AM起きです。

 

移動ばかりで疲労が溜まっていますが、明日の夜はハラレのホテルでのんびり…しているはず。

 

⑩につづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ⑧】48時間の鉄道の旅を終え 終着駅に着く(→カピリ・ムポシ)

東アフリカ アフリカ

夜寝ていると、ウェネが起こしてきました。

「僕には何もないけど、これをあげる」と言って渡してくれたのはアーセナルのリストバンドでした。

いい子だなぁととてもうれしくなりましたが、眠たかったのでそのまま寝ることに。

 

深夜、列車が急ブレーキをかけ全員目覚めました。

ムレンガ氏が「Kasamaじゃないか?」と言うと、ウェネはマンガのように飛び起き、そして列車を降りていったので、僕らが窓から荷物を渡してあげました。

 

あどけないけど、しっかりした考えをもつウェネ少年。将来の夢はパイロットだそう。Facebookもやっていないし、おそらくもう会うことはないでしょうが、色々と話せてよかったです。

 

プラットフォームに出たウェネと握手。列車が動いてからも僕の名前を呼んでくれました。

 

お別れ後、再び眠りについた僕が次に起きたのは7AM。ムレンガ氏も起きてきました。

 

おでこにしているアイマスクを見た僕が、「アイマスクを使わないで寝たんですか?」と訊くと「あれ?どこだ?」と探し始めました。

天然で本当に僕のツボでした。

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列車は今日終着駅に着くので、僕は混んでいる洗面所で手を洗い、2日ぶりにコンタクトをつけました。残っているパンも完食です。

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タイムテーブルによると、終着駅Kapiri Mposhiには9:26AMに着くようですが、とっくにその時間は過ぎています。

何時に着くのかさえ分からない状況でしたが、とりあえずパッキングを開始。

それにしてもなんだか体調がよくありません。嫌な予感がします。

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窓の外の風景はあまり変わりませんが、たまに通り過ぎる村で列車に向かって手を振ってくれる子どもが減った気がします。

 

そういえば、乗客が車内から外に向かってペットボトルを投げている光景を何度も見ました。子どもたちもそれを目がけて競争しています。

投げていた人曰く、「ペットボトルはいろんな用途で使えるんだよ」だそう。ふむ。

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出発から48時間後の4:20PM、やっと終着駅New Kapiri Mposhi駅に到着しました。

 

⑨へつづく。

 

【地図】