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ゴマ鉄丼

ロサンゼルスから1年半ぶりに帰国した33歳男のブログです。趣味は一人旅で、思い入れが強いのはロサンゼルスとアフリカ。初心者ブロガーですが、観光地ではないディープでブラックなロサンゼルスや、これまでの旅の思い出を振り返ったりしていきます。みなさんの旅のヒントになれば本望です。

【東アフリカ⑦】Go West! 東アフリカの大地を列車で駆け抜ける(移動)

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夜中、たまにあるゴトンッという音に驚いて一気に目が覚めます。

 

深夜にはムレンガ氏が「寒い」と言ってファンの止め方を訊いてきました。

ここでもウェネと顔を見合わせて爆笑。

外国の人と笑いのツボが同じだとなんだかうれしくなります。

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やはり深夜に停まった駅で、ムレンガ氏がホームにいる地元の人から魚の干物を買おうとしたのですが、交渉決裂!

一部始終を見ていましたが、なんだかおかしい光景でした。

 

さて、僕の風邪は治るばかりか悪化したようです。

それでも暖かい格好で眠りに就き、目が覚めると7AMでした。

二人も起きてきたのでバナナをあげました。

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今日はひたすら移動。当然列車に乗ったままです。

外を眺めて、時おり通過する駅名を見ては手元の地図と照らし合わせるということを繰り返していました。

 

インターネットで見たタイムテーブルでは、Mbeyaという駅発は1:26PMでしたが、実際Mbeya駅到着はその2時間後の3:30PMでした。

 

すでに2時間遅れているとは…最終駅到着は何時間遅れるのかなぁ。

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しばらく走った後、ザンビアの国境に着いたようでタンザニアのイミグレーションの人が乗ってきました。

出国スタンプをもらい、そのままザンビア側の人を待ちますが、一向に来る気配はナシ。もう入国したはずなのに。。

 

ムレンガ氏は別のコンパートメントにいるという奥さんのところへ出かけていきました。ウェネはジェット・リーの映画に夢中の様子。

 

そうそう、ムレンガ氏に対して「あなたはデンゼル・ワシントン似だ」とイジったら、「じゃあお前はジェット・リーだ」と言われました。

 

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暗くなってから着いた駅こそが国境らしく、忙しそうなザンビア入国係員が来ました。「ビザが要るのならまた来る」と言い残し去っていきました。

日本人は国境でザンビアビザが取得可能です。

 

興味深かったのは、みんなはパスポートではなく紙切れだったこと。許可証のもののようで、みんな何度も行き来しているんだろうな、と思いました。

 

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今夜も夕食をオーダーしますが、国境を越えたため支払いはTSHではなくザンビアクワチャ払いに。

闇両替商が来たので、とりあえずUSD40分のクワチャを購入。

 

夜、列車の連結部分に出てみると星がとても多く感動しました。

 

⑧へつづく。

 

【地図】※Mbeyaの町です

 

【東アフリカ⑥】2泊3日の鉄道の旅へ ザンビアを目指す(ダル・エス・サラーム→)

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今朝もけたたましいアザーンに起こされましたが、無理やり眠って7:30AMに起床しました。

9AMに朝食を取って、インターネットカフェへ。昨晩の降雨で道路はビチャビチャです。

Eメールをチェックして、部屋に戻りチェックアウト時間まで部屋でダラダラ過ごしました。

時間が来たのでチェックアウト。荷物を預かってもらい、これから始まる2泊3日の列車の旅に向け買い出しです。

 

水2本、パン一斤、バナナ、チョコクリーム、クッキーを購入。

この小さなマーケットの経営者はインド系のようで、ヒンドゥー語の新聞やしょうゆ、各種ヌードルが売られていました。

ランチはホルモン煮込みとスパゲティです。

アフリカでは、南でも西でも、どこででもホルモンが食べられているようです。僕も好きでパクパク食べましたが、少し臭かったかな。

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ホテルに戻りバックパックをピックアップ。水2本、計3ℓの重さがズシリときます。

タクシーで一路駅へ。車内で流れるラジオはアメリカのラジオのようで、音楽ばかりがかかっていて心地良かったです。

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昨日も来ましたが、改めて見ると、駅(Dar es Salaam Railway Station)は立派なつくり。僕は一等クラス用の控室で出発まで過ごしました。

そうそう、アブラにはサッカー日本代表のユニフォームをあげました。

 

テレビを見てボーっとしていると、控室で切符を切られました。

2:40PM、一等クラスから乗車開始。他のクラスの乗客も合わせると、かなりの人数になりそうです。みんな大きな荷物を持っています。

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席を確認してからコンパートメントに入ります。

すぐ後ろを歩いていた、チェルシーのユニフォームを着た男性も入ってきました。

ザンビア人のムレンガ氏。ビジネスマンだそう。

 

車内は評判以上に良いと思いました。まくら、毛布、石鹸、水、キャンディー、トイレットペーパーが配られます。

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しばらくすると、ウェネという17歳の少年が来ました。あどけないけど笑顔がかわいい。話していて英語がうまいなぁと思いました。

 

この2人と僕と、3人で旅が始まりました。

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ムレンガ氏の目的地は僕と同じ終点のカピリ・ムポシ(Kapiri Mposhi)まで、ウェネはその手前、Kasamaという町まで行くそう。

 

意外にも?列車は定刻の3:50PMに動き始めました。

少し走るとすぐに車外の風景は田園になりました。手を振ってくれる子どももいます。

僕はなんとか動物を見ようと必死に探しましたが、すぐに諦めました。

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持参したビスケットやバナナを旅仲間にあげました。

意外と早い速度で列車は進みます。

ウェネには首から下げていたネットストラップとミンティアを、ムレンガ氏にはコインケースをあげました。

 

しばらくすると、ウェネが食堂車へ案内してくれました。

二等席は少し狭そうでした。

 

パンにチョコレートクリームを塗って食べようと思ったら、夕食の注文を取りにきました。せっかくなので注文することに。

この時ムレンガ氏が、「ディナーかサパーかどっちだ?」と英語で聞いて、注文を取っていた職員が「どっちも同じだろ」と答えていました。

 

このやりとりがえらく面白く、ウェネと二人でケラケラ笑いました。

2人とはよく話しました。将来の夢、地震のこと、スポーツ、音楽、教育etc。

やっぱり旅はこうでないと、と思った瞬間でした。

 

チキンライスを食べて歯磨き。まだ10PMですが、消灯になりました。

 

⑦へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ⑤】地元民の生活を垣間見る? マーケットを散策(ダル・エス・サラーム)

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カリアコー(Kariakoo Market)はまさに庶民の市場。

電化製品、衣服、果物、生活用品が積み上げられ、地元の人で溢れかえっていて熱気ムンムンです。

観光客向けの商品は皆無。とりあえずここへくれば何でも揃いそうです。

 

アブラ曰く、Made in Japanの製品はそれだけで価値があるのだとか。

とくにバイクは中国製の3倍もするそうです。

ここへはアブラのような地元の人と一緒でなくちゃ写真が撮られなかったのでは?と思うほどの雰囲気でした。アブラに感謝です。ちなみにこのカリアコー地区、夜は誰もいなくなるそうです。

 

なお、巨大なマーケットの一角は中国人が経営していました。余談ですが、ダル・エス・サラームから南アフリカヨハネスブルグまでバスが出ていました。3日かかるようですが。

 

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それにしても、夜は涼しかったのに昼間は太陽がギラギラで暑い。

サンダル履きで正解だったかも。

露店でチキンを、別の店でライスを買って食べました。

 

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夜、街を歩いていると停電。正直、暗闇と同化する黒人は少し怖いですが、アブラがいるので安心です。たまに僕の顔を見た輩が「チャイナ」と言ってきますが、その度にアブラが「日本人だ」と言ってくれました。

ザンビアルサカジンバブエのハラレまでのバスの状況も聞いてくれたし、この時点で彼に対する警戒心は無くなっていました。

 

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帰り道、「ご家族に何か買ってあげてね」とアブラにTSH10000渡して別れました。

 

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明日からはいよいよ鉄道の旅が始まります。

⑥へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ④】小雨が降る中 タンザニアの首都を歩く(ダル・エス・サラーム)

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喉が痛くて目覚めたのは0AM。

そのまま眠りに就くも、アザーンが大音量で流れる音で再び目覚めました。

時計を確認すると5AM。「ああ、イスラム教の国にいるんだなぁ」と思い、そのまま起床しました。

 

7AM。太陽が出ないな、と思っていたらスコール。シャワーを浴びて朝食をとりに一階へ降ります。

フルーツジュース、バナナ、バン2枚と紅茶。風邪をひいている僕には貴重な栄養源です。

8AM。外へ出るとすでに昨日のアブラがいました。自分の車ではなく、タクシーのよう。

朝一で明日の列車のチケットを買いたいので、早速往復TSH25000で駅まで行ってもらうことに。雨のせいで地面はぬかるみ、ボコボコの道路はすごい渋滞になっていました。

どうやら通勤ラッシュらしく、「9AM~3PMまでは通勤ラッシュさ」とアブラ。そうか、今日は月曜日だ。

 

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しばらく南西へ走ると、昨日の駅とは違う立派な駅に着きました。早速列に並び、明日3:50PM発の一等席のチケットを購入。予想を超える出費となりましたが、まぁよしとします。とにかく、これでザンビアへ行けます。

 

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一度ホテルへ戻り、アブラとは再び2PMに会おうと約束しました。

 

部屋で本を読んでいたら寝てしまったようで、10:30AMになっていました。

ムクリと起きて身支度。外は暗いですが、ハガキを日本へ送りたいので郵便局を目指します。

 

ダル・エス・サラームは海に面した街なのですが、フェリーターミナル周辺は客引きなどメンドクサイ輩が多かったです。と、このへんで再び雨が降ってきました。かまわず歩いていましたが、止む気配がないので雨宿りをしました。

 

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15分ほど待ちましたが、しびれを切らして歩き出します。

すると郵便局を発見。でもポストカードが見当たりません。

インターネットカフェに入るも人が多く、すぐに出てホテルを目指して歩きます。

 

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昨日のSummy'sを見つけましたが、閉まっているので、もう少し歩いてやはり昨日見たChef's Prideに入店。ビーフヌードルとビリヤニを注文しました。

 

このレストランは欧米人が好みそうな、オープンエアで良い雰囲気。

先に出てきたヌードルは、おいしかったですが油っぽかったです。

でも、待てど暮らせどビリヤニが出てこないので「忘れていませんか?」とウェイターに確認。

本当に忘れていたのかどうか分かりませんが、しばらくすると出てきました。

この時点で意外と満腹でしたが、ペロリと食べて店を後にしました。

 

2PM。バークレイズ銀行でアブラと再会しました。

僕は庶民の市場Kariakoo Marketへ行きたかったので、連れて行ってほしいとお願いしました。

 

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⑤へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ③】現地人と交流 食事を共にする(ダル・エス・サラーム)

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機内から見たタンザニアの首都は、想像以上に高いビルがニョキニョキそびえ立っていました。人口はなんと400万人近くなのだとか。

 

日本人は到着後ビザを取得できるということで、Arrival Visaを申請します。

記入後少し待ったら、立派なのをくれました。

再入国ができるダブルを申請したのですが、なぜかそれは却下されました。

USD50とられたので、また入国時に払わないと。。

 

少し心配していた僕のバックパックとも成田空港以来の再会を果たし、入国。

すぐに今晩の宿(Safari Inn)の人を見つけましたが、先ずは両替。

USD400を両替したら大きな札束になりました。

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天気は快晴。空港から市内へ向かう車の中で、ドライバーのサリムと会話を楽しみます。

「暑いなぁ」と思っていたらエアコンを入れてくれました。

 

車の中からダル・エス・サラームの街を見ていると、黒人はもちろんですが、アラブ系のような、インド系のような人も多かったです。

ムスリムのような格好をしているので、パキスタン系でしょうか。

 

宿に到着。周辺は安全!というにはほど遠いですが、まあ僕に文句はありません。

404号室をあてられました。エアコンをパチリと入れてみるも動きません。

内線でフロントを呼んだら英語が通じない。近くにいた従業員に代わりに電話してもらいました。後でマネージャーが来てくれるとのこと。

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待つのも嫌だったので、フロントに置いてあった地図を握りしめて外出。

時期のせいなのか、旅行者は皆無。

歩いていると少し見られることはありましたが、嫌な視線ではありません。

 

嫌な視線を浴びるときは、本当に多くの人からジロリと見られるものですが、一方で無関心の街では本当に視線が合うのも稀な気がします。

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着いたばかりで右往左往するのも嫌なので、とりあえず鉄道駅を目指しました。

ストリートで肉を焼く香ばしいにおいが食欲をそそります。

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ちなみにこの日は日曜日。店の多くは閉まっていて、人もまばらです。

 

5分ほど歩くとヤシの木が見え、いい雰囲気になってきました。

 

駅に着き、「明日は何時にオープンしますか」と尋ねるも意思疎通ができません。

まぁいいやで宿に戻ることにしました。

 

ところがどこで道を間違えたのか、迷ってしまいました。

外はどんどん暗くなり、土地勘のないアフリカの都市でこれはマズい。

 

気丈に歩きますが、心中穏やかではありませんでした。

 

それでも20~30分歩いてどうにかホテル近くまで戻ってきました。

 

Chef's PrideというLonely Planetに載っている店を発見。一瞬迷い、そのまま立ち去ろうとしたら、「コンニチハ」という声。

振り返ると黒人がいました。

少し話して、Safari Innまで送ってもらいました。でも僕はお腹が空いていたので一緒に食事をすることに。

 

アブラ。28歳。近くの安宿Econolodgeで働いているそう。

僕らはSummy'sというアラブ系の店に入りました。

彼はタンドリーチキンを、僕は牛肉とミックスライスを注文しました。

ちなみに僕は風邪をひいており、体調はイマイチ。

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これからの旅の情報を得ようと色々聞いていると、「ザンビアまでは鉄道ではなくバスがいい」と勧めてきます。他にも地図を描いて説明してくれたり親切な人でした。

ケニアで勉強したそうです。

ここは僕が払うことに。

 

帰り道、ここで威厳を見せておかないとダメだと思い、「ガイド料は払わないよ」と念を押しました。「チップが欲しい」と言わんばかりだったので。

それでもまた明日案内してくれるというので、せっかくだしお願いしました。

ちなみにザンビア行きの鉄道駅は、さっき行った駅ではなかったようで。。

 

アブラが車を出してくれるとのこと。本当ならうれしい。

 

ホテルに戻り、「エアコンはどうなった?」と訊いたら「今夜はダメだ。明日も動かなかったら返金するよ」とのこと。まぁ夜は涼しいし、ファンで十分っぽい。

ちなみにフロントにいたインド系のおじさんに、3.11の件で同情されました。

 

部屋に戻り荷物をゴソゴソ取り出します。コンタクトケースを発見!ほっ。

水シャワーを浴びるも、水圧が弱くて不満。さっそく洗濯をして室内に干します。

 

時間は9PM。ということは日本は3AM。。もう寝ます。

 

④へつづく。

 

【地図】

 

【東アフリカ②】灼熱砂漠気候でダウン 初日に風邪をひく(ドーハ→ダル・エス・サラーム)

カタールでの目的を達成した僕。あとはドーハ国際空港に戻るだけです。

 

街歩きが好きなので徒歩を選択したわけですが、とにかく灼熱。

ヤシの木がニョキニョキ生えていて涼し気ですが、木陰がないので暑い暑い。

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しばらく歩くと、ガソリンスタンドに併設されたミニマーケットを発見。

ここでポカリスウェットと大好きなポテトチップス「Lay's」を購入しました。

占めてQR4は安い。水分補給はマストなのでゴクゴク飲み干しました。

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一応空港への表示通りに歩きますが、歩いても歩いても今朝の空港に着きそうにありません。

植木職人のお兄さんに尋ねても「Go straight forward」だとか。

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この時点で僕は、時差ぼけ、日差し、疲労で一気にペースが落ちていました。

 

いよいよ本当にキツくなってきたところでInternational Departureの看板が見えてきました。

大きめのスーパーを見つけたので、やはりポカリスウェットとロールケーキを2つ買いました。つまみながら歩き、ようやく空港へ辿り着きました。

 

さっぱりシートで体を拭き、身体を冷やします。靴下も履き替えて、出発2時間前になり出国。

ドーハ国際空港は評判通りのこじんまりさ。2階でフリーインターネットを見つけたので少しいじりました。

 

さて、タンザニアはダル・エス・サラーム行きの便の乗客ですが、中国人、白人バックパッカー、インド人、黒人が多い様子。

黒人は心なしか、アラブかインドの血が入っているような顔立ちの人が多かったのをよく覚えています。

前の年に訪れた西アフリカの黒人は、どちらかというと丸い鼻の人が多かったですが、東アフリカの人はシュッとした鼻の人が多いのかも。

 

乗り込んだ機体はA-320。シートは3-3で、3割程度しか席が埋まっていませんでした。

シートテレビが無いので退屈です。旅の友Lonely Planetを読んで時間をつぶします。

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11:20AM離陸。しばらくすると、急に鼻水が出てきました。「まさか風邪か?たしかに暑かったけど、エアコンガンガンの場所にいなかったし…」でも嫌な予感は的中。まさかの初日に風邪をこじらせてしまいました。あーあ。先が思いやられます。

 

ふと窓の外を見ると、赤い大地が広がっていました。どうやらエチオピア上空のよう。

 

定刻よりも早い4:45PM、ダル・エス・サラーム国際空港に到着しました。

鼻はズビズバ…。当然移動の疲れや時差ぼけもありますが、気を引き締めて入国です。

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③へつづく。

【東アフリカ①】カタールでトランジット 「ドーハの悲劇」のスタジアムを目指す(ドーハ)

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旅の出発は上野駅から。スカイライナーに乗り込み成田空港へ。

 

今回はカタール航空を利用してタンザニアまで飛びます。

僕が旅したのは2011年5月下旬でした。

 

到着した成田空港の出発ロビーは、すごく暗かったです。

当時は3.11の地震直後。東日本ではとくに節電が叫ばれていました。

 

チェックイン後、銀行でJPY10万円を1184ドルに両替。

少し待ってから関西空港行きのカタール航空便に乗り込みました。

 

機体はA320、シートは2-4-2。広さは特別感じませんでしたが、搭乗直後からシートテレビがオンデマンドで見られたのがうれしかったです。

1時間のフライト後、KIX着。機内から出ることはなく、窓の外の飛行機を見て時間をつぶします。

 

結局機内は7割程度埋まり、一路カタールの首都ドーハに向けて飛び立ちました。

 

一度ぐっすり眠ることができ、起きて歯磨き。僕はこのときメガネをかけていたのですが、コンタクトケースを持ってきたか不安になってきました。まぁ入れたとしたらチェックインの荷物だし、どちらにしろ考えてもしかたがないので再び眠りにつきました。

 

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現地時間4:30AM頃、眼下に(おそらく)ドバイの街が見えてきました。そのまま街の明かりや海を眺めていると、カタール(と思われる)が見えてきました。

このとき僕は海だと思っていたのですが、それは砂漠でした。。

 

定刻よりも幾分早く到着したカタール航空機。

当時は小さな空港で、ターミナルへはバスで移動です。

タラップを降りたら、早朝にもかかわらず、ムァ~と中東らしい風に包まれました。

 

全員トランスファーだったようですが、入国したい僕は係員に方法を聞き出し、他のバスに乗りました。

 

そう、次のダル・エス・サラーム行きの搭乗時間まで数時間あったし、僕ははじめから入国する気満々だったのです。

 

QR1000(約JPY2200)を支払って入国。バッグが無いので身軽です。

USD10だけ両替すると、QR36になりました。僕の軍資金です。

 

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僕がドーハに来た理由はひとつだけ。「ドーハの悲劇」のスタジアム(Al Ahli Sports Center)へ行ってみたかったのです。

タクシー乗り場近くにいたか係員に市街までの道を尋ねて歩き出します。

今回の旅もスマートフォンは不携帯。今考えるとなんとも浅はかですが、手書きの地図を持って街へ繰り出しました。しかも徒歩で。

 

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早朝とはいえ交通量がやや多いカタールの首都。

5AMから営業している、インド人ぽい人が経営している商店へ入り、ペットボトルの水をQR1で購入。

Al Ahli Sports Centerまでの道のりを訊けば、「遠いからタクシーで行け」と言われました。僕の地図ではそんなに遠くないはずだけど・・・?

 

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その後も数人に道のりを尋ねましたが、英語があまり通じないのと、何よりみなさんデカセギ労働者で外国人なのです。

 

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しばらくするとスタジアムが現れ、中を覗いてみるも目的地ではありませんでした。

 

それにしても暑い。6AMなのになんという暑さ&紫外線。。肌が焼けていくのが分かります。海の近くで尋ねた人は、インドのケーララ州出身でした。

 

結局誰に訊いても「知らない」「遠い」「タクシーだ」と言うので、「それならば」とタクシーを探すも、まるで見当たりません。

フラフラ歩いた後、道を渡って拾おうかと思ったら、運転手の人に話しかけられました。

目的地まではQR20。予算内だしOKしました。

この人はバングラデシュ出身だそう。

 

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やはりスタジアムまでは遠かったようで、10分ほど走ってようやく到着。

ぐるりと周りを歩いてから、こっそり中へ入りました。

セキュリティが小屋の中にいたので、許可を得て写真を撮りました。

小さなスタジアムで、聞けばもう使用されていないそう。

 

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目的を果たした僕は満足。空港までの道を聞き、スタジアムを後にしました。

それにしても暑い。。

 

②へつづく。

 

【地図】※ドーハの悲劇のスタジアムです